編集支援:阿部匡宏/ロゴ:配野美矢子
編集:岩田忠利     NO.246 2014.9.25  掲載  

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わが町、緑が丘

    漫画家・畑田国男


  沿線住民参加のコミュニティー誌『とうよこ沿線』。好評連載の“復刻版”


   掲載記事:昭和56年3月1日発行本誌No.4 号名「椿」

   

 仕事柄、アイデアにつまった時などは、フラリと外出いたします。

瞑想にふけってあたりを散策、といえばいかにもカッコよく聞えますが、現実はそんなに甘くありません。
 ベートーベンがウイーンの森を主題求めてさまよい歩くのとは、訳がちがいます。



       
     悪ガキ時代の町並み


 緑が丘はその名の通り、ウイーンの森ほどではありませんが、かなり緑の豊かな町でしょう。ちがいというのは、音楽家と漫画家の差であります。なにしろ、こちらは高邁な交響曲ではなく、極めて下世話な漫画のネタを探しているのです。アイデアがどこかにないかしら、とウロウロキョロキョロの散策なのです。

 で、緑が丘小学校のOBといたしまして、足は無意識のうちに通いなれたるあの道へと向うことになるのです。

  ♪紅梅いろ濃く 小鳥さえずり 桜が咲けば 草がもえるよ

 春は光の 緑ヶ丘  プールに夏の 希望も満ちて

 われらは育つ 健やかに

などと、なつかしい校歌を口ずさみながら歩いておりますと、立派な青いタイルのへイのお宅にさしかかります。

 当時はたしか生垣のはずで、何度も勝手に庭先へお邪魔したことのあるお宅です。そう、そう、友達と二人でよく柿を無断で失敬したことがありました。
 現場で捕まるようなへマはなかったのですが、姿を見つかり学校当局へ訴えられました。母親が呼びだされたのでありますが、これが大変な親馬鹿で「ウチの子に限って」を連発して帰ってくる。学校側も母親ではラチが開かずと見て私を直接訊問いたしました。
 この時、当時5年生の国雄(本名)少年は、アメリカ合衆国初代大統領ジョージ・ワシントンの故事を思い出して胸を張って答えたものです。
 「ハイ、柿を盗んだのは私です。」
  「なんでヨソ様の柿をとったの? わからないわ。自分の家に柿の木が3本もあるのに」
  とは、母親の述懐ですが、女にはわからないのでしょうね。あのスリルと興奮は。

 24、5年前の悪業を並べるにはあまりにも紙数が足りません。主だったものだけを列記しても、温室のガラスを投石で割るのが常習で、野菜畑のキュウリをこっそり頂戴したり、水道の蛇口や管などの鉛を盗んではクズ屋さんに転売し、等々といったあんばいです。
 集団行動のなせる技とはいいながら、思えばヒドイことをしていたものですね。犯行はすべて、緑が丘のこのあたりだったんですよ。
 ご町内の皆様、昔は毎度お騒がせして本当にごめんなさい。
 こんな状熊ですから、このコースを歩いておりましてもアイデアは一向に出ず、冷や汗ばかりが出てきます。
 それにしてもこのあたりは家がドンドン新築され、ヘイはより高く、門はいよいよ固くなってゆきます。

 緑が丘さん……。あの畑は、あの柿の木は、あの生垣は、あの悪童たちは、どこへ行ったんでしょうね。とにかく、住宅地区はヒッソリとしていて道で遊ぶ子供の姿をついぞ見かけなくなりました。
 聞くところによりますと、学習塾へ通ったり、お稽古事があったりして忙しい毎日をおくっているそうです。彼らはイタズラをする暇もないのですね。アア、かわいそ。
 昔の緑が丘は、私たち悪ガキがどんなに悪さをしても優しく受けとめてくれました。こちら側の身勝手な解釈かもしれませんが、私たちの行動を大らかに見守っていてくれたような気がします。



緑が丘の住宅街を散歩数r筆者

                撮影:川田英明(日吉)


       
     漫画のネタ探し


 
漫画は人間をテーマにするもので、正直いって人気のないコースを歩んでいても、なんの感興も湧いてきません。白壁の立派なお屋敷は漫画のネタにはならないのです。

 そんな訳で、最近、瞑想の散策コースを、私、替えたんです。商店街のウラの遊歩道なんです。
 緑が丘駅の下から発して、ちょうど商店街の一本ウラにあたるこの道は、自由が丘に通じています。川にフタをして遊歩道になったのですが、これができてからあたりの風景は一変しました。

   ♪鈴かけ茂りて いちょう散る時  したしくともに 語るよろこび

  秋は風澄む 緑が丘 雲なき冬の かがやく富士に

  われらは学ぶ 正しさを

などと、校歌を口ずさみながら歩いておりますと、若くて美しい奥様が可愛らしいお子様と戯れていらっしゃる。石焼イモ屋さんもおられるし、新聞少年も駆けぬける。そしてあの悪ガキもチラホラと姿を見せてくれるのです。緑が丘はまだ生きていましたよ。

 ホッとして、グッときたところで、よいアイデアも浮びました。角の花屋さんでバラを買って帰りましょう。



イラストマップ:畑田国男

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