編集支援:阿部匡宏
投稿:坂上武史(札幌市中央区在住)  編集:岩田忠利  NO.105 2014.7.13 掲載 

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樹木 駅名の由来@ 山紀行A 大雪山

                                                 

 はじめに・・・

 
 大雪山とアイヌ語

 
大雪山は花の山、アイヌの言葉でカムイミンタラ、「神々が遊ぶ庭」です。大きく裾野を延ばした山肌に、高山植物が百花繚乱に咲き乱れる様は、まさに天上の楽園に相応しい光景だと思います。

 ただ、カムイは単純に「神」と訳されることが多い一方、意味を説く場合はそのシチュエーションも非常に大事で、例えば湯の滝が流れるカムイワッカは「神の水」ではなく、温泉が流入する飲めない水「魔の水」と解釈します。他にも、

 コタン・コロ・カムイ=村・持つ・神=シマフクロウ

 ヌプリ・コロ・カムイ= 山・持つ・神=熊

 キムン・カムイ= 山の・神 =熊

 カムイ・コタン= 神の・村ではなく、魔物が棲む集落=難所 という意味で使われます。

 冒頭のカムイ・ミンタラのミンタラは「庭」と訳しておりますが、アイヌ語研究家の知里真志保による地名辞典には「山野においてシカ・クマなど発情期のものが踏み荒らして地面くぼみ、草などが倒れ伏しているような場所」とあります。よってカムイミンタラを安易に「神々が遊ぶ庭」と説くよりは、「クマの掘り返しや痕跡がある場所」と考える方が妥当だと言えます。

 いずれにせよ、神々やクマが棲んでいるような超常的で原始性の高い自然が広大に展開するエリアであることに違いありません。そして、その名に恥じないくらいの高山植物が溢れんばかりに咲いている場所でもあります。

 私の山行はニッコウキスゲの群落を見てから

 
私が登山にのめり込んだのは、花に魅せられたことが大きかったと思います。ハイキングのつもりで登ったとある山でエゾカンゾウ(=ニッコウキスゲ)の群落を見たのがきっかけでした。

 それから高山植物図鑑を片手に色々な山を登りました。見たこともない花に出合い、その場で図鑑を開いて同定し、名前を覚えていくことが楽しくてしようがありませんでした。それから、山全般に関心を持ち始め、沢登りや山スキーにも興味が湧き、手広く行動していました。







大雪山のチングルマ

バックは旭岳(7/27撮影)

















      コマクサ(駒草)
   大雪山と日高山脈の一部にのみ分布(7/27撮影)


 クヮウンナイ源頭

 
さて、それでは前回、NO.93に投稿の「クヮウンナイ源頭」から話を続けていきたいと思います。
「 瀧の瀬十三丁」を終え、源頭に近づいてくると「山の主」の「落とし物」に遭遇することがあります。まさに今しがた出したばかりというものもあります。カムイミンタラのカムイは直ぐ傍に居るかもしれません。

 そんなことを考えると、自然にペースが上がってしまいます。とはいえ、体力的に断念せざるを得ない場合は、意を決してこの領域でテントを張ったこともありました。当然キャンプ指定地ではないので、適宜な場所にということになりますが、大抵フカフカのお花畑であることが多いです。花々に申し訳ない気持ちで一杯になります。また、カムイミンタラをはじめ熊の領域での単独野営ではなるべく食事の臭いを抑えておりました。そうは言っても落ち着かないことは経験上分かっているので、頑張って主脈を超えたヒサゴ沼というキャンプ指定地まで行くことが多かったです。

 源頭では夏の盛りでもエゾノリュウキンカ(=ヤチブキ)をよく見かけました。この山野草は花期を遅らせることで高度に馴染んでいるのでした。水量が減った沢筋に滝しぶきを浴びながら咲くエゾノリュウキンカを見ると、高山植物への期待感が増していきます。ここからは垂直分布の教科書や高山植物図鑑の中を歩いていくような、何とも楽しい登行を楽しむことができます。



熊が水飲みに来そうな源頭
7/17撮影)



源頭のエゾノリュウキンカ
7/16撮影)
    小さな木たち

 
キバナシャクナゲ。なんて小さな木なんだろうと思ってしまうのが常でした。また、幾つかの花が放射状にまとまって咲いているのが特徴ですね。北海道の山で見るシャクナゲは黄花です。私は近年までシャクナゲは黄色い花だと思っておりました。

 さらに低小木なのがチングルマ(稚児車)。子供のおもちゃの風車がモチーフにされておりますが、実際は山好きの大人が魅せられてしまう花ではないでしょうか。お花畑まで登ってチングルマが咲いていると、取りあえず来て良かった、頑張って登って良かったという気持ちになれるものです。

 最初はチングルマしか目に留まらなかったお花畑に目が慣れてくると、シナノキンバイやイワカガミなどの存在に気がつき、そうなれば、そこまでの道程の労苦を忘れてさせてくれます。



キバナシャクナゲ(7/17撮影)




源頭のチングルマ
沢筋では花穂になるのが遅い(7/26撮影


 
   キャンプ指定地

 
頑張るとクヮウンナイを一日で登り詰め、登山道に合流してヒサゴ沼というキャンプ指定地まで行くことができます。何度か登ったクヮウンナイで忘れられないのが、兄と待ち合わせた時のことです。

 当時川崎の高津区梶が谷近辺に住んでいた兄は盆休みに北海道へ来ては、私と山行を共にするのが常でした。しかし、その年は北海道に来る直前の台風が影響し、予定していた山への林道が崩壊してしまい、また、私の仕事の都合も変更せざるを得なくなり、計画を見直す必要がでました。
  当座、急きょ提案できる山行が、南大雪である十勝連峰最南端の富良野岳からとりあえず北へ向かい、行けるところまで縦走するという計画でした。(あまり計画的ではないのですが…。)兄を富良野岳の登山口である凌雲閣に送り届けた足で職場に向かい、兄の道程の進捗と、私の仕事の進捗を常に見比べて、どうやって落ち合うのが良いのかを考えながら仕事をしていました。2日目なら美瑛岳、3日目ならヒサゴ沼、4日目なら高原温泉か層雲峡、5日目なら勇駒別。そんなシミュレーションを行いながら、機会は3日目にやってきました。

 
目的地としてヒサゴ沼に見据え、兄に大雪全山縦走となる旭岳まで行ってもらいたいのと、帰路の車の回しを考慮し、必然的にクヮウンナイを遡るという機会ができました。行き慣れた沢筋を早朝から快調に飛ばしても、ヒサゴ沼に着くのは夕方に差し掛かります。沼のほとりにテントを並べて張り、兄の3日間の山行談義と私の仕事の愚痴を交わし、大雪の夜は更けていくのでした。



2つの単独行が合流
ヒサゴ沼でテントを並べる(8/19撮影)




風がない朝は沼が鏡のようだ
鳥のさえずりやナキウサギの声が響きわたる
7/27撮影)


   小さな花たち

 
朝起きると、目が覚めるような景色で眠気眼が覚醒されます。沼と残雪と高山植物が朝日を受けてコントラストを放っており、しばし時間の経過を忘れてしまいます。
 沼で顔を洗ってから手早く朝食を流し込んで、各々ソロテントを畳んで出発します。快適に登山道を登っていく傍らにもチングルマやアオノツガザクラ、コエゾノツガザクラが認められ、写真を撮っていると行程が朝から遅まきに進んでいくのでした。旭岳をバックにひたすらチングルマの道を歩きます。振り返ると足下のヨツバシオガマの向こうにトムラウシが堂々とひときわ高く鎮座しており、戻って寄り道でもしたくなってしまいそうです。

 コマクサが揺れる化雲岳を越え、単独行の時はそのまま入渓地点であれる天人峡まで登山道で下りていました。下りでも6時間前後かかる長い長い道のりです。

 兄と共に歩いたときは、旭岳までの全山縦走につきあう形で、忠別岳を越え、ひたすら平地の高根ヶ原を踏破し、白雲小屋のキャンプ指定地でもう一泊しました。そしてその翌日の正午、北海道の最高峰である旭岳を登り詰めました。

  実はクヮウンナイで足の親指の爪先をぶつけていた私には、延々とした高根ヶ原や表大雪の礫地は辛いだけの行程でしたが、そんな折りに見つけたのがクモイリンドウでした。リンドウと言えば青ですが、クモイリンドウは和紙で作った透かし障子のように清冽ではかない配色をしています。
 8月の下旬、秋の気配で紅葉が始まりつつあった高原で元気づけられたのは、やっぱり花でした。初めて見るクモイリンドウをカメラに納め、新しい収穫を胸に少しだけ軽くなった足を運んで行くのが、山の愉しみというものでしょうか。

 今となっては、当時のような山旅は年齢と体脂肪が許してくれませんが…。ちょうど今の時分に登ると沢山咲いているのでしょうね。



チングルマやアオノツガザクラ、コエゾノツガザクラに迎えられる
7/27撮影)




ヨツバシオガマ
バックはトムラウシ(7/27撮影)











清楚なクモイリンドウ8/20撮影)
トウヤクリンドウと同種とみる説もある


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