編集:岩田忠利 / 編集支援:阿部匡宏
NO.842 2016.01.12 掲載 

   WOMAN  PROFILE―――― はつらつ女性



 昭和9年群馬県生まれ。東邦大学医学部卒業。内科入局後、額田病院に勤務。大学時代の同級生と結婚し、48年ご主人と高田中央病院を開院。いま管理担当副院長として病院改革に取り組む。


 横浜市港北区高田西
 医療法人すこやか 高田中央病院

  副院長 荏原寿枝さん











 日吉駅と綱島駅のほぼ中間、港北区高田西の天満宮下の高田中央病院。現在職員約85名、ベット数6220年以上前から救急医療など地域で重要な役割を果たしてきた病院である。

 副院長の荏原寿枝さんが精力的に病院改革に取り組んでいる、と聞いた。テキパキとした事務専門の“奥様”を想像していた私は、白衣姿で登場した彼女にびっくり。れっきとした内科のお医者さん≠セったのだ。

 彼女の診察情景を本誌撮影のために見せていただいたが、患者さんに対する態度は優しく、明るい。そして何でも聞いてもらえて頼りになるといった感じ。




忙しい荏原さんの趣味は時間をみつけて古いお寺を廻ったり、野草を育てること。
病院と自室の間の庭には何十種類もの山草が季節の移り変りを伝えている


      より良い病院をめざして…


 母、医師、妻、嫁と4足の草鞋を…

 群馬県・三国峠の麓、自然豊かな猿ケ京温泉で生まれ育ち、野山を駆け回っていたおてんば少女だった。が、中学時代に胸を患ったことが医療関係の仕事に就こうと決意するきっかけとなったという。

 医学部を卒業後、内科医局で膠原病の研究に取り組み、その後「学問だけでなく人生観を学んだ」という額田晋氏(東邦大学の創設者)の病院に8年間勤務。在任中に、大学時代に山岳部で一緒だったご主人荏原光夫さん(現高田中央病院院長)と結婚。長男を出産。

 当時は医師が少なく、産休明けからすぐ仕事に復帰。ご主人は大学病院勤務で不在のことも多く、夜間の緊急呼び出しの際には、よちよち歩きの子供を家に一人で置いておくわけにもいかず、泣き叫ぶわが子を車の中に置いておくという、母親と医者の両立のつらい経験も乗り越えてきた。

 昭和48年にご主人の実家に近い現在の地にお二人で高田中央病院を開いた。その後に生まれた次男も含め2人の子の母親として、医師として、妻として、嫁として、二足ならぬ四足のわらじを履いてこられた。




  病院改革に積極的

 「患者さんが中心の医療、患者さんに選ばれる病院にしたいのです、私は」と抱負を語る荏原さん。いま彼女が中心となって病院内で様々な改革を行っている。なかでも患者さんと触れ合う時間が最も長い看護師さんの数を増やし資質の向上に努めたり、患者さんの枕元まで薬の指導のための薬剤師、栄養指導のための管理栄養士を向かわせるなど積極的。

また、入院生活を快適に過ごせるようにと設備を改善し、家庭と同じ時間に温かく美味しい食事ができるよう病院食を改善するという視点は女性ならではのきめの細やかさ。
 院長のご主人は診察以外に医師会や病院協会などの公用が多く、病院の運営は奥様に安心してまかせておられるようだ。

 今後の目標は「高齢化社会に向けて在宅医療を充実させたい。また成人病教室を開いて患者さんや家族の健康に対する意識を高めたいですね」と意欲的だ。

 病院のことを真剣に、そして一生懸命語ってくれた荏原さん。お世辞ではなく、とても61歳には見えない可愛らしさと新鮮なアイデア、行動力。くりくりとした少女のような瞳は、これからも常に前を見据えているようである。
           (文・吉野奈奈)


★平成8年410日発行『とうよこ沿線』第65号から転載
「とうよこ沿線」TOPに戻る 次へ
「目次」に戻る