編集:岩田忠利 / 編集支援:阿部匡宏 / ロゴ:配野美矢子
NO.651 2015.05.24 掲載

 
『とうよこ沿線』No.25…昭和59年(1984)12月1日

 B5判 紙数:76ページ

 頒布:有料 定価200円
   
      参加して…
 山形県南陽市出身の32暮。東北人特有のねばり強さ、誠実さ、そして行動力がこの人の身上。本号の綱島特集で毎晩大活躍。人気と期待急上昇中。カラオケとカメラを得意とし、左官1級技能士の腕を持つ彼にこそ彼にこそ、言い嫁さんを持たせたいもの。

       挑戦できるもの

        建設業  加藤 清(綱島


 『とうよこ沿線』のドアを初めて開けたのは、5941日小雨の降る日。「縁線で愛コーナー」に登場させていただくためでした。

 編集長からお話を伺っているうち、私もみんなと一緒に本作りに無性に参加してみたくなりました。しかし不安でした。私の本業は建築の仕事で、本作りとは全く無縁でしたから。

 まず最初の活動が22号の配本。駅近くの本屋さんへ行くのはタイヘンです。駐車の場所がどこを探してもなく、何十冊もの本を抱えて汗びっしょり。でも編集室に帰ると、その苦労もすっとんでしまいます。「沿線に集う仲間の気はひとつ」とでもいうのでしょうか、みな個性的で、本当に気の優しい、いい人ばかり、みんなが温かく迎えてくれるのです。

 本号「綱島特集」では協賛店探しに歩き回りました。平日は仕事を終えた夜7時半、休日は昼2時、綱島駅前の喫茶店に集合、菅間・田岡・小山さんたちと商店街へ。何軒回っても全然反応がなく、最後の23軒でやっと申込書をいただけた時――。その時の感想といったら、ただもう嬉しくって、嬉しくって……。

 おかげさまでいろーんな店に、いろーんな人に会いました。今では『とうよこ沿線』は、私にとって本業以外に挑戦できる唯一のもの、掛け替えのないものです。


 水戸市出身、神奈川大英文科卒の30歳。特技は英会話。また風貌に似ず、まじめな読書家。水曜当番は2年近くにもなるが、一度も無断欠席しないこと、帰省の折の土産を欠かさない律儀さには敬服する。独身女性よ、水曜の編集室へ電話をくれたまえ!

    水曜日当番の男

      会社員  山田 光雄(日吉



 神奈川大学の入学で田舎の水戸から上京してきたのが10年前。綱島で3畳ひと間の下宿でスタートしました。2年後に元住吉東口駅前のアパートに引越し、いまは日吉のアパート生活が6年あまり、相変らずこの東横線が私の生活圏となっています。

 10年ひと昔といいますが、当時沿線にいた同窓生の殆どが田舎へUターンしたり、職場の関係で移転したりして気軽に会って旧交を温める機会がないのが残念です。

 当編集室の水曜当番を買って出るまでの休日の過ごし方といったら、パチンコに映画くらいのもの。何かもっと明るい建設的なことをやってみたいと、編集室の求人広告に飛びついたわけです。

 本誌がどんな内容のものか編集長に説明してもらうまでは知る由もなく、せいぜい東急の機関誌くらいにしか思っていませんでした。早速入会はしたものの、思うようにお手伝いができなくて……。
 幸い、優秀な会員が続々入会していますので、私の代役と思うと心強い限りです。

 入会前は自分中心の考え方でしたが、今は少しずつ周囲のことにも目を向けるような私になりました。
 いまは「人間、やはり環境の動物なんだなあ」と実感に浸っています。

 やらせれば、なんでもこなす器用さをもつ。イラスト、ポスター、文、どれも光る。体格がご立派なるがゆえにスタッフから「女子生」とからかわれることも。学校の部活はブラスバンド部、家庭にあっては料理と手芸を趣味とする女性らしい一面も。 

       

   “好き”なだけでいい

      神奈川中学3年  山影 昌子(白楽



 ワタシって、気ままなヒトなんです。編集室へも、行くときは毎日行くクセに、行かなくなると、1カ月以上も顔を出さなかったりとかして…。それに本当言うと、イラスト描くのも文章書くのも、あまり好きな方ではないのです。ナゼって、そりゃあ、自分のへタさ加減を思い知らされるからですよ。

 「じゃあどうして『沿線』でイラスト描きをしているのか」というと、何かをしているっていうing形のコトが好きだからなんです。それに、人と話すことって大好きだから、編集室へ行くと手がおルスになるくらい、しゃべりまくって(どっちかというとからかわれて)しまいます。

 普通ならここで体験記とか、もっと内容のあるコトを書くらしいんだけど、私の場合、入会したのも、友だちの〆切りに片足をつっこんでしまったということだし、編集室にいた時間というのも、トータルすると少ないようで(?)とてもそんなことって書けません。

 でも私、好き≠ネだけでいいと思うんです。好きなことがふえるのは、心が豊かになっていくこと。好き≠チていう気持ちから、いろいろなことが生まれると思うから……。


          延べ2333名登場の

   編集の音(抜粋)

    は本号から参加した会員です。






「おばさん、なんか下さい」――妙蓮寺駅前の駄菓子屋にて――。子どもが小銭を手にしている光景を見て、何かタイムトリップしたような気になってしまいました。今でもあるんですねぇ。自分が老けたのかなぁ。
(上野毛・会社員・西野裕久)





アイ・ジョージさんお読みになっていらっしゃいますか?  自由が丘では大変失礼いたしました。 これを機会に『とうよこ沿線』をよろしくお願いします。
(目白・会社員・三木孝二)




入会して10カ月。大雪つづきの巌冬、酷暑の夏、そしてはや秋冷の11月に、イラストマップの取材、カメラとかけめぐり、こんど配本の手伝いも一部。そろそろ「えんせんっ子」の仲間入りができるかな?
(元住吉・石野ひでお)






また年賀状の季節。最近思うことは、返事をくれないフランスの友達にも毎年書かなくてはいけないのかしら。日本でも、だんだん手紙より電話のほうが便利だと言って手紙を書かない人がふえていますが、残念です。
(日吉・仏語講師・丸山アルメル)





秋のおとずれと共に、虫たちの音楽会が、あちこちで開かれています。私は本物(?)の音楽会へ出かけたいなあ。でもその前に夏の暑さに疲れた身体を休めて、読書を…まずは『とうよこ沿線』から…。
(大倉山・主婦・長谷川千恵子)





初秋の北海道で鮭の遡上シーンを見てきた。東京に帰って新聞を開くと、「多摩川の鮭、戻る」のニュース」……自然の力強さと、それを守るべく努力した人々の成功に、柄にもなく感動してしまった。
(祐天寺・学生・一色隆徳)




今年は4月末まで雪が続き、そして梅雨が明けたら未曽有の猛暑。しかしそのお陰で米も5年振りの大豊作と挽回出来た。『とうよこ沿線』の歩みもまた、かくあらしめたいもの。今年は良い年でした。
(武蔵小形・農家育ちの天笠伝次郎)





ラッシュの東横線におばあさんが一人。見送りの人「次のにしたら?」 「大丈夫、電車には年寄りの席があるからネ」。私は思いました。「コレはいい手だわ、デモ私には勇気がない」と。
(大倉山のもの好き・山室まさ)





『とうよこ沿線』に入ってよかった。チラシ配りなどいろいろ大変だけど、楽しいし、新しく学ぶこともたくさんあるから。今は早くいろんなことをやってみたいし、他の仲間の人にも会ってみたい。
(奥沢・奥沢中3年・平林知長)





先日、僕の家の近くの建物がとりこわされた。少し見晴らしが良くなったけど、さみしいような気もする。父も何だか頭の毛が抜けたようだと言っていた。
(奥沢・奥沢中3年・数野慶久)





雑誌作りの資金源、広告スポンサー先を走り回る私に「お若いですねェ、編集長のお姉さんかと…」と言ってくれたのは34年前。「よく似てますねェ、息子さんと」と、言われるのがこの頃。ナゼ!?
(編集室・鈴木善子)

「とうよこ沿線」TOPに戻る 次ページへ
「目次」に戻る