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写真集「わがまちの昔と今」

第1巻 港北区編

 

昭和3年冬、日吉西口駅前風景。現慶応大学キャンパスから望む
               (提供 小島英祐さん)

 左端中央が日吉駅。ホームに雨よけ程度の待ち合わせ小屋が見える。
駅前は現在の放射線状の街区が左から普通通り、中央通り、浜銀通り、サンロードと整然と造成され、その中に2軒の家の屋根が見えるだけ。
手前は現東口駅前。当時まだ慶応大学も綱島街道もない。

昭和5年、日吉駅下りホームと慶応大学予科校舎建設事務所

昭和25年の赤門坂。樹木と竹林に覆われ、昼なお暗い急坂
                   (提供 故川田需さん)

昭和30年、田んぼの中にポツンと建っていたことから「田んなか、中学校」と呼ばれた日吉台中学校
               (提供 岡田和子さん)
日吉が生んだ神奈川県ただ一人の横綱、武蔵山(本名・横山武)。
昭和10年、第33代横綱になったとき、右に露払いの笠置山、左に太刀持ちの大丘
                (提供 横山武夫人)
昭和初期、桃と桜の花の名所、綱島の花見客
大正11年12月16日、大綱小学校綱島分教場で開かれた電灯点火祝賀会の会場
                   (提供 池谷光朗さん)
昭和初期、駅名を「綱島温泉」と呼ばれていた当時の綱島温泉町
               (提供 池谷光朗さん)
 ある日、本書を購読したNHK関係者から当編集室に「この写真を21世紀に残したい日本の風景に選びたい」との電話があった。その後、NHKは綱島の東京園を取材し上記のタイトルでこの写真を放映した。



 昭和37年2月、綱島街道の大倉山・太尾町あたり。中央二階建ての3棟は大綱小学校
                                     (提供 畑野昭一さん)

昭和11年6月、昭和天皇の皇女、順宮様が大倉山駅前の田植えを見学にお成りになった。
                (提供 畑野茂さん)
昭和31年、菊名駅西口の本乗寺裏の高台から大倉山方面を望む。
田んぼの中に東横線の電車、中央後方に高木学園の新築校舎が見える。
               (提供 本田芳治さん)
大正15年2月14日、住民待望の東横線が開通。長老を招き、菊名駅で祝賀会
                (提供 小泉実さん)
昭和44年4月、菊名駅旧駅舎と交番。
                  (提供 本田芳治さん)
昭和42年2月、雪の菊名池。水道道をバスがゆく。
               (提供 山本清次さん)
昭和43年、地元の武相高校野球部が県大会で優勝、妙蓮寺の街を凱旋パレード。
               (提供 押尾泰典さん)
昭和37年7月、基礎工事中の新横浜駅前。
後方の白いコンクリート杭は駅舎の基礎工事現場。
肥え桶を乗せた荷車は現在の駅前ロータリーをゆく。
               (提供 本田芳治さん)
昭和40年の新横浜駅空撮。環状2号線が駅前まで延長、民家は線路左手の篠原町に見えるだけ
               (提供 本田芳治さん)

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