本誌編集発行人 岩田忠利

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no.34
土足で押しかける輩たち
タイトル/画像 本文
世の中、まさに十人十色。会う人みな師なり

雲助タクシーに困っていた
テビキャスター・栗原玲児さん



バイクに跨る栗原玲児さん
 
 創刊発刊後、不意に現れた変な男

 「淡谷のり子さん」のページで自宅の車庫の中の車が放火された件を書いたが、私の場合はそれほどではないにしても“急所”をついた記事を載せた後などに何度かイヤガラセの“変な客”が突然訪ねてきたり、脅迫じみたオドシの言葉を浴びせたり、変な電話がかかってきたものだ。

 創刊号を素人のスタッフがやっと世の中に出した後、ほっとしているときのことである。
 大きな黒の乗用車のボンネット左側に旗を立てた車が編集室前に止まった。どこの新聞社の記者が取材に来たかと思った。ノックもせず、土足のまま、30代の男が入ってきて、開口一番。
 「いい雑誌を出したな〜! アンタがあの有名な岩田さんかぁ〜? ワタシはもう何年も前から地域の新聞を出している者だが、何冊かワシにくれねえか?」
 他人の所へ初めて訪問するのに挨拶もない失礼千万な男だった。居合わせたスタッフがお茶を差し出すと、得意げにペラペラひとりでまくし立てた。「車の前に立てた“旗”は新聞社のシンボル、どこに停めても駐車違反にならない」とか「車は自分で金を出して買うものではない。支援者に買ってもらうものだ」とか・・・。まったく常識外、別世界のゴロツキだ。人から聞いていた「これがヤクザまがいの“業界紙”なのか!?」と、その世界を垣間見たようだった。要するに、私がどんな人間で、どんな所で『とうよこ沿線』を出しているのかを偵察に来たようだった。

 その手口と正体は

 何号か発行するうちに、取材でいろんな人に会い、いろんな話を聞くうちに、その手口とその“正体”が分かってきた。
 ある資産家は「岩田さん、○○新聞の真似だけはしないでくれよな」本気になって私に助言した。酒の席で話したことを針小棒大に書いたゲラ刷りを持ってきて見せ、「これを明日印刷に回すが、よろしいか?」と迫る。「と、とんでもない!」と断ると、指し止め料として多額の金を請求され、支払ったという。同じような被害にあったという元郵便局長も本誌の愛読者で、いろいろと協力いただいた。
 被害者の皆さんにその話を聞くと、狭い地域社会で不評がたつような記事を書かれると、隣近所の人たちと顔を合わせることもできず、仕事や生活がしにくくなる。彼らはその弱みに付け込み、その暴力をほしいままに振るうのだ。まさにその正体は、ペンという虎の威を借りたギャングなのである。

 怒鳴り込んできた二人連れの男

 ある夜、9時過ぎのこと、一人で編集室で原稿書きをしていると、いかにも“あの世界”の人間らしき二人連れが、ノックもしないで、ツカツカと私の前にやってきた。
 「よくも、あの記事を書いたなぁ! お前のとこの雑誌をツブしてやるからなぁ〜、いいか〜!」
 大声で怒鳴った。私がそのツブし方の説明を求めていないのに、その方法を続けた。
 「タブロイド版の新聞を出して、日吉じゅうに一軒一軒配ってやるからなっ! 見ておれっ、キサマ!」
 捨てセリフともとれる乱暴な言葉を浴びせ去って行った。

 タクシーを恐れ、駅前に引っ越したフランス人女性

 あの記事とは、地元日吉で「雲助タクシー」と悪評高いタクシーについて書いた記事のことである。
 会員のフランス人女性は日本語を流暢に話し、日吉駅から離れた下田町に住んでいた。夜帰宅が遅くなると、タクシーを利用した。日本語をしゃべれない外国人女性と判断し、セクハラじみた言葉を投げかけたり、地理不案内と思い、遠回りしてメーター稼ぎをする。彼女はそれ以来怖くなって、歩いても帰れる駅前のマンションに引っ越した。
 
 テレビキャスター・栗原玲児さんの要望

 皆さん、テレビキャスターの栗原玲児さんが日吉に住んでいたのをご存じ? 栗原さん宅に取材にうかがうなり、私への開口一番はこうだった。
 「岩田さん、日吉の“雲助タクシー”って知っていますか? あれには、困っている人がたくさんいますよ。私も応援するから、あれを取り上げてください!」。
 栗原さんは赤門坂端のマンションに住んでいた。その前の道は車のすれ違いがやっとの狭い道。この道沿いに日吉台小学校があることもあって朝夕の通勤・通学ラッシュ時の人通りは、実際にその時間帯の現場を見ないと分からない。初詣の参道のようだ。そこを何台ものタクシーが通行人をお構いなしにホーンをけたたましく鳴らしながら猛烈なスピードで走り去る。歩行者は、ここを“命がけ”で通る毎日だった。このタクシーを地元で「雲助タクシー」と呼ぶ所以である。
 
 小さな記事が社内の大問題に

 日吉こそ安心して住める暮らしやすい街と思っていたが、そういう地域問題があることを知り、さっそくその「タクシーの実態」を取り上げた。
 日吉駅西口駅前で客待ちするそのタクシー会社の運転手に次々「安全運転の心がけ」についてインタビュー、写真入りの小さな記事にした。
 ところが、そのタクシー会社ではこの記事が社内で大問題になった。「この『とうよこ沿線』という雑誌をツブしてしまえ!」となったようだ。どうやら、上記の編集室に怒鳴り込んできた二人連れの男は、そのタクシー会社の指しまわしものだった。

 この一件で四国に帰った男性会員

 この一件で犠牲になった、20代の若い男性会員がいた。「編集長、あのタクシーの取材と記事、ボクにやらせてください!」編集会議で真っ先に手をあげた青年だった。日吉の飲食店で料理見習い中の彼は、その反響に恐れをなし、田舎の四国・高知へ帰ってしまった。
 可哀相にも、これが彼の人生の転機となってしまった。今頃は日吉で店を持っていたかもしれないのに。

 あの二人組みが怒鳴り込んできてから2〜3週間後、 わが家のポストに確かに「タブロイド版の新聞」が入っていた。読んでみたら、まったくの“デッチあげ記事”、根も葉もないことで笑いが止まらなかった。 

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